衝撃的な元首相銃撃殺害事件を前に考える

2022.7.9 松本誠

「時代の危機感」を共有しなければ、危機を乗り越えることができない

 参院選の大詰めで、演説中の安倍晋三元首相が銃撃によって殺害された事件は、衝撃的な、暴力による民主主義の破壊行為であった。事件の背景はまだ明らかにはなっていないが、戦後75年間にわたって曲がりなりにも定着してきたこの国の議会制民主主義が、この事件によって揺らぐことがあってはならない。暴力によって言論を封圧するという風潮がこの国にこれ以上広がらないように、全ての政党、政治家、有権者がその責任を自覚し、行動を起こすことが求められる。
 事件後、全ての与野党党首などが「暴力は言語道断だ」と一斉に非難しているのは当然だが、しかし、暴力の非難に止まっているのでは、言論への暴力を根絶し、この国が直面している政治、経済、社会が暴力を生み出しかねない背景を根絶することにはつながらない。

 21世紀に入って、米欧では経済の閉塞状態が強まる中で社会的格差が増大し、社会の分断が進み、暴力を生み出す社会基盤が醸成され、テロの頻発や暴力事件、社会的いじめの増大の果てに世界的規模での対立と分断を招いている。この国でもここ20年余、経済の閉塞状態が続き、社会的格差が広がり、貧困と将来不安が大きな社会不安となって増殖している。凶弾に倒れた安倍晋三氏は史上最長の長期政権を築く中で、格差の増大と経済の閉塞状態を生み出し、政治と経済における社会的な分断を広げてきた政治的リーダーでもあった。政治的立場の是非を超えて、このような不条理な暴力によって命を奪われた元首相の無念さに思いをいたし、心から哀悼の意を捧げる。同時に、そのような稀有な政治家自らが凶弾に倒れたのは、歴史の皮肉というほかない。

 すでに欧米では、上記の社会・経済の分断構図が政治の構造にも波及し、米国はもちろん英、仏、独、伊などの西欧主要国の政情はいずれも不安定時代に突入しており、その中でロシアのウクライナ侵攻による戦争拡大にも有効な手を打てなく、立ち往生している。世界の民主主義国家の政党と政治家は、そのありようが大きく問われる中で、次の時代の政治のありようが模索される時代に入っている。
 日本は比較的政情は安定してきたが、政治・経済・社会の分断が進む中で、すでに国民の半数が国政選挙にそっぽを向け、低投票率が続く中で議会制民主主義の正当性に赤信号が灯っている。住民により身近な自治体政治の選挙の投票率は、さらに深刻だ。こうした政治をめぐる構造が、社会の分断に一層拍車を掛け、言論による政治の基盤が揺らぎかねない状況になっている。今回の元首相銃撃殺害事件は、そのような脈絡の中で発生した。

 事件の真相究明は殺害犯人の個人的な背景究明だけでなく、こうした政治・経済・社会の背景と構造にも目を向けなければ、事件の再発を防ぐことはおろか、この国の議会制民主主義を大きく揺るがすことになりかねない。メディアも元首相を礼賛する“追悼報道”ばかりを垂れ流すのではなく、世界規模でいま危機的な状況に至っている民主主義のあり方を問い直す中で、事件の背景を解明することが求められているのではないか。

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